2010年8月12日木曜日

See-D実行委員会メンバーの山内亮太さん!

今回は、横田さんに続いて、See-D実行委員会メンバーの山内亮太さんを紹介します!

山内亮太さん

ETIC.の山内 亮太です。

私が
See-Dに関わるようになったきっかけは、様々な”シンクロニシティ”が掛け算になっています。

それをご説明するために、まずはじめに、私の生い立ちと経歴をはじめにご紹介します。

私は長崎県の壱岐という島で生まれ育ちました。父の職業は自営業。ソニーの商品を販売するソニーショップでした。他にも文房具や楽器、音楽教室などいろんな事業を展開していたんですが、ソニーのビジネスが一番柱になっていた気がします。小さい頃からベータマックス、MD,プロフィールモニター、8mmビデオなどの自由闊達なるソニー商品に囲まれ、時には商品分解して中身を見、ドキドキしながら少年時代を過ごしました。

高校から長崎へ、そして大学で大阪へ。大学では適正技術ならぬ適正能力の問題から(笑)理系には進まず、経済学部に進み、ゼミは”国際”という名の響きにミーハーに惹かれて発展途上国経済を取り、聞こえのよかった、元世界銀行の大蔵アドバイザーだった橋本先生に師事をし、開発経済の雰囲気を感じました。

そしてあこがれのソニーへ入社。テレビというソニーの中でも花形の商品の商品企画を7年、マーケティング3年。世界初の有機ELのテレビのマーケティングやBRAVIAヨーロッパ担当など、グローバルでエキサイティングな仕事に恵まれ、厳しく、苦しいときもありましたがそれゆえに成長し、楽しい日々をすごさせていただきました。

そしてかねてから抱いていた起業の思いを実現すべくエティックへ

ここでビジネスを通じて社会の問題を解決する、「ソーシャルイノベーション」というものを知り、数々の社会起業家との出会いを通じて、全力で自らの人生、そして仕事を社会のために役立てんとする情熱とエネルギーに出会います。

つまり、私のここまでの人生は、生まれた瞬間から

「もの作り」「発展途上国」「ソーシャルイノベーション」

という3つのキーワードに集約されています。

この3つのキーワードを集約する大きなヒントをくださったのは、実はアライアンスフォーラム財団の古川さんという方でした。

アライアンスフォーラム財団は原丈人さんの新国富論でも有名なように、途上国、特にバングラデシュに対する様々な技術投資を展開されています。そこであるお言葉をいただきます。

”日本の企業が、テクノロジーを途上国の問題解決のために使わないのは本当に残念なこと”

この瞬間、自分の中で何かが走り抜けました。

私がソニー時代に最後にやった仕事はテレビの無線LAN対応。そのときにアジアの国々を売り上げ別に並べて、バングラデシュ以下を非販売国として一気に切り捨てたのです。

”ああ!自分は日本の技術を途上国に役立てるチャンスを切り捨てたんだ”

仕事の延長線上にある人々の表情や価値を考えられていなかった自分が恥ずかしくなりました。

そして時を同じくして渡邊奈々さんの「チェンジメーカー」で出会った、ライフストローに感銘を受けます。

”技術を使って日本からソーシャルイノベーションを起こせる。”よし、エティックで何かをやろう”

そんな時に、本当に偶然出会ったのがコペルニクの中村さんと陸さんでした。

”日本発のライフストローを出したい”

そんな思いが共鳴し、3月に中村さん、陸さん、そしてMITの遠藤さん、Joseさんとともに中小企業向けセミナー”
途上国の問題を日本の先進技術で解決する”を企画・実行したことをきっかけに、思いは確信に変わっていきます。

そして3月の終わりごろだったと思いますが、中村さんから”打ち合わせをやります”という謎のお誘いにふらっと参加したおかげで、素晴らしい実行委員の皆さんと出会い、共感を呼び、S
ee-Dが始まります。

そして、実はこのSee-Dで実現したいことはもう一つあります。

それは、

”すべてのエンジニア/商品企画マンのクリエイテビティと仕事の働きがいを再構築する”

ということです。

ユーザーの生活だけではなく、その国の未来を信じ彼らとともによりよい社会を作る。
そのために必要とされる技術を構成する。この体験を通じて達成されるものだと信じています。

自らの経験も含めて、人生は達成したいことに使命を感じ始めた瞬間から回り始めるものです。参加者のパラダイムが変わるような、そんなコンテストにしたいと思っています。

よろしくお願いいたします。

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