2010年10月17日日曜日

動き出したプロボノパワー コペルニク ファイナンシャル・スペシャリスト 山田雄一郎さん

大好評の玉懸さんによるインタビュー。今回はコペルニク・グローバルチームで、財務管理を統括していただいている山田雄一郎さんです。

動き出したプロボノパワー

~専門性生かしてコペルニクを支えたい~

<コペルニク ファイナンシャル・スペシャリスト>

大手監査法人勤務

山田雄一郎さん

思えば、会計士になることを決めたのも、行き詰まっていた自分を変えてくれたのも旅だった。人生の節目節目の忘れられない旅。その旅が抱かせてくれた途上国への関心と、培ってきた専門性をうまく融合させてくれたのがコペルニクだ。本業の強みをプロボノとして生かす山田さんは、国際協力の新たな可能性の象徴なのかもしれない。

将来の夢決めた房総の旅

 大学1年の夏、房総半島を鈍行列車で一周した。初めての一人旅だった。携帯も家に置いて、ひたすら電車に揺られ続けたあの日。車窓を眺めているうちにすぅっと決意が固まり、持ってきたノートに「オレはやる」と親友への手紙をしたためた―――。

転校続きの少年時代だった。生まれたのは札幌だが、小学校に入学してから4年生まで毎年違う学校に通った。友達と仲良くなっては別れ、次の学校に早く馴染むよう行く先々の雰囲気を読み取って合わせることを繰り返す日々は幼いながらもつらく、サバイバルの連続だった。山田さんが安心して友達を作れるようになったのは、中学3年の時に最後の転校をして東京へ来てからだ。特に、入学から卒業まで初めてずっと同じ仲間と過ごした高校時代は特別だった。サッカー部に入って仲間と本気でボールを追いかけたし、恋愛もした。生活の何もかもが輝いていた。

その反動からか、大学生活はつまらなく感じた。出席さえしていれば、寝ていても単位が取れる大教室の講義。バイトや部活に精を出す同級生たち。高校時代にあれほど熱中していたサッカーを大学で続けることもなく、時間があれば高校時代の友達とばかり遊んでいる山田さんに居場所はなかった。

何かやることはないかと漠然と探していた時に、経済界の番人として社会を守る職業があることを知った。公認会計士。1つの会社のために利益を上げるのではなく、社会全体に貢献するというミッションに惹かれた。かなりの難関と聞いてひるむ気持ちもあったが、房総を電車で回ったあの日、挑戦を決意した。何より、漫然と過ごしている大学生活を変えたかった。

それからは、予備校に通ってひたすら試験に備えた。3年生の春に試しに受験してみたものの、結果は不合格。これで一層奮起した山田さんは、高校からの大切な友達にも「オレはこの世からいなくなったと思ってくれ」と宣言し、ひたすら勉強に打ち込む。翌年の夏、ついに合格通知が届いた。試験勉強を始めて丸3年が経っていた。

「歪んだ自分を変えたい」

合格通知が届くまでの間、山田さんはまた旅に出た。今度は1カ月という長丁場。タイとカンボジアを回り、地元の人が連れてきたニワトリと一緒にピックアップトラックに乗ったり、天井に頭を打ち付けるほどのがたがた道をすし詰め状態の乗り合いタクシーで走りながら国境を越えたりした。

所在なく落ち着かないままじっと試験の結果を待つよりはと日本を飛び出したのだが、実はもう1つ、この旅には大きな理由があった。「ガイコツみたい」と周りに言われるほど勉強に打ち込む中で、2度目の試験直前に高校時代から支え続けてくれた彼女と別れることになった山田さん。いつの間にか、「こんなに自分は頑張っているのだから周りは分かってくれて当然」と思い上がる気持ちが自分の中に生まれていたことに気付き、愕然とした。狭い世界に閉じこもり歪んだ人間になりつつある自分を何とかして変えたい、という思いに駆り立てられた旅だった。アジアを選んだのは、一生懸命に生きる人々の強烈なパワーに触れたかったから。まるで転校生を受け入れてくれるかのように人々はあたたかく、山田さんのすさんだ気持ちも少しずつ治まっていった。何より楽しい旅だった。

以来、会計士として大手監査法人に就職してからも、年に1度は海外に出ることにしている。これまでに、中国、ケニア、ラオス、ベネズエラ、バングラデシュを訪れた。

そんな山田さんはいま、コペルニクの財務管理に携わっている。今年の春にバングラデシュを訪れた際に知り合った人の紹介だ。会計士になって6年目。憧れていた会計士の仕事はもちろん充実しているが、企業を相手に「これで問題ない」と確認するだけで、「もっとこうしたらいい」と提案することは少ない。誰かの役に立っていることがあまり感じられないことに少し物足りなさを感じるようになっていたが、コペルニクと出会ってそんな毎日が大きく変わった。

数字を見ること自体は、本業となんら変わらない。でも、大学4年の時にタイとカンボジアを回ったあの旅以来、なんとなく関心があっても仕事を変えない限り自分には無理だと思っていた途上国支援に今、プロボノとしてかかわれていることが嬉しくてたまらない。会計士という自分の専門性がこれほど役に立つということも、外に出て初めて気が付くことができた。「本業では、自分の100の力で100のタスクをするとしたら、コペルニクでは100の力が5001000ものインパクトを生み出すんです」と山田さんは顔を輝かせる。最近は、コペルニクを通じて本業でも「いつか新興国に出て行く企業を支援できたらいいな」という目標ができた。プライベートとの両立というプロボノならではの苦労もあるが、いつも心から感謝してくれる中村代表の言葉が嬉しいから、コペルニクに自分の時間とエネルギーを割くことにためらいを感じない。

「やっと動き出した気がします」――。晴れやかな山田さんの笑顔を見ながら、専門性を持つ人たちの潜在的なパワーと、彼らをプロボノとして巻き込む新たな途上国支援の可能性を確信した。

(インタビュー・文:玉懸光枝)


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